2019年からの新元号は何になる?昭和から平成への経緯から次を推測

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政府は2019年の元旦を持って平成を終わり、その日から新しい元号に改める方針だという報道がありました。今上天皇の生前退位については昨年の夏から大きく報道されていましたが、しばらく話を聞かなかったので突然という印象ですね。

もう平成も終わってしまうんですね。少し寂しいですが、気になるのが新しい元号です。一体何になるのでしょうか。

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昭和→平成を振り返る

わたしは昭和生まれなので、当時の小渕官房長官が「平成」の文字を掲げている場面もリアルタイムで見ていました。ただ、まだ小さかったので平成スタートの詳しい話は全く記憶していません。どうだったのでしょうか。

平成誕生までの経緯

まずは経緯を振り返ります。

  • 1987.4 天皇誕生日の昼食中に嘔吐→腸閉塞と分かり同年9月に手術
  • 1988.9 高熱ののち吐血をし緊急輸血を受ける→翌日より皇太子に全権を委任
  • 1989.1 7日早朝に崩御される
  • →当時の竹下首相が「元号に関する懇談会」を招集→平成・修文・正化が候補に残る
  • →閣議が開かれ「平成」が決定→当時の小渕官房長官が発表される
  • 1989.1.8 「平成」がスタートする

昭和天皇が体調悪化から崩御までは約4ヶ月ありますね。おそらくこの間で何度か新元号についてなど、崩御された後の話し合いは行われていたのでしょう。

だれが「平成」を決めたのか

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引用:東大阪市善根寺町幼少の頃 安岡正篤・安岡正明・安岡正泰の頁

この新聞記事によると最初の提案者は陽明学者の安岡正篤氏で、すでに1978年には「平成」の案が提出されていたことになります。昭和天皇が体調を崩されるよりも何年も前なので、かなり慎重に物事を進めているんですね。今回の生前退位に関しては大きく報道までされている状況です。もしかしたらすでに新元号は内定(?)しているのかもしれません。どこで明らかになるのでしょうか?!

安岡正篤氏は1983年に亡くなられてしまい、この案は縁起が悪いということで見送りの可能性もあったそうです。しかし、安岡氏が自民党では指南役として信頼が厚かったことと、東大名誉教授の山本達郎氏が再提出したこととで一転し、「平成」と決まったようですね。

決定そのものは上の経緯から「閣議決定」ということになりますね。昭和までは天皇の権限だったそうです。つまり、平成は天皇ではなく内郭が決めた初めての元号ということですね。

なぜ「平成」に決まったのか

当時の小渕官房長官の説明では、

新元号の発表時に小渕恵三が述べた[4]「平成」の名前の由来は、『史記』五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、『書経』大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味。日本において元号に「成」が付くのはこれが初めてであるが、「大成」(北周)や「成化」(明)など、外国の年号や13代成務天皇の諡号にも使用されており、「平成」は慣例に即した古典的な元号と言える。

引用:平成 – Wikipedia

内も外も穏やかに、平和な世を願うという意味のようですね。ちなみに「平成」以外の「修文」や「正化」は、頭文字をアルファベットにしたとき、どちらも「昭和」と同じ「S」になってしまうため具合が悪いだろうという考えもあったようです。興味深いですね。

新しい元号は何になるのか?!

わたしの周りでよく言われているのは「平和」でしたが、これは平成のHと被ってしまうので無さそうですね。平成と比べると表現がストレートすぎますよね。もっと深い言葉が選ばれるんでしょう。

現時点で推測されるのは

  • M・T・S・H以外の頭文字
  • かつて元号に使われていた漢字の組み合わせ
  • 平和や安定、発展の意味を持つ深い言葉

くらいでしょうか。どこを調べてもヒントもでてきません。しかしもうすでに話し合いは行われているはずです。だとしたらいつ発表されるのでしょうか。カレンダーや印刷物の準備などで事前準備が必要ですから、平成のように前日発表とはならないはずですが、「今上天皇の在位中に次の元号の話をするなんて縁起が悪い!」のような方向で、発表は直前になるかもしれませんね。

なにか新しいものが決まるのにはワクワクもしますが、今回は今上天皇の体調面の考慮という原因があります。あと2年無理をしない程度に頑張っていただき、その後を穏やかに暮らしてもらいたいです。

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